まだその話するの?と思いますか?
私の人生は「ハム太郎とっとこうた」ばりに内容が薄いのに加えて夢小説というサビのみで構成されているので逆にそれしか語ることないまである
夢ショを漁るよハム太郎
pixiv探すよハム太郎ということです
ハム太郎の夢小説ってあるのかな?
……。
ざっと検索した限りではないですね。
普通に読みてえな。
特に興味はないですが、私だったらロコちゃんの夢小説を書くと思います
自分とは全く別の生き物であるハムスターという動物と家族のような信頼関係を築き、小さい生き物との絆を大切にする笑顔のかわいい女の子とかいう明るくて邪気がなくて健全をそのまま形作ったような存在へやんわりとした妬み嫉み僻みを向ける子を書くと思います 私は多分ロコちゃんと仲良くしながらそういう感情を抱き続けます
ここでハムではなく人間相手の夢を書くあたり、私という人間のつまらなさがうかがえますね
……ん?
今「私は多分ロコちゃんと仲良くしながらそういう感情を抱き続けます」って言った?
……あなたがロコちゃんと関わっていくの?
────そう!
もしそうやって書いてしまった場合、私の夢小説の中に登場する「夢主」は「私という自己を私自身が投影させている存在」になってしまうのです
分かりますかね
私は、「私だったらロコちゃんとどう関わるだろうか」をテーマに夢小説を書きます その場合「夢主=私=ぱな」なのです
だからそれを読む人は「私とロコちゃん」を読むことになってしまうんですね
夢小説というコンテンツのなかで葛藤が生まれるのはこの部分です
ここで読み手は「あなたが主人公の物語になってしまうなら、私は誰に自己を投影すれば…?」になるんだよね
夢小説というのは「自己投影」がテーマなので、もしも書き手がその作品の中に自己を投影させた夢主を登場させてしまった場合、読み手はそれに自己を投影させることが難しくなってしまうんです
「夢ってなんだよ!」って学級会が開かれるのは読み手と作り手とで起きるこの部分のすれ違いが大きな原因ではないかと読んでいます
もちろん、読み手のために夢主の描写・情報を省いた作品を作る方もいます。
「こちらに向かって何かしらアクションを起こしているキャラクターの様子のみを描いたもの」がそれにあたるのかな 一人称視点というか
当然、夢主の容姿は出てきません 読み手側により深い投影を提供したい場合は台詞もないほうが好ましいでしょう つまり夢主は喋らないということですね
こちらの目線で捉えている情報のみを描くのです 少なくともこれなら夢主の情報は(キャラクターの発言の内容で分かること以外のものであれば)排除することができます 自己投影しやすいですよね
とはいえ…
例えば、竈門炭次郎夢で、上記の通り「夢主の容姿は出てこない」「台詞もない」状態の作品を創作したとしましょう 漫画でも小説でも好きに想像してみてください
その中の炭次郎が以下のような台詞を与えられていたとします
「昨日の鬼は手強かったな。
今日も鍛錬するのか?
昨日の今日だし、あまり根を詰めすぎてもよくないんじゃ……。
君は女性なんだし、もっと身体を大切にしたほうが……。
……『鬼殺隊に男も女も関係ない』…?
……それもそうだな。俺が悪かったよ。
じゃあ、せめて一緒に鍛錬させてくれないか?
君はいつも無茶をするから心配なんだ。
あ……でも君は風の呼吸の使い手だから、俺が相手になっても仕方ないか……。
え…『風と水、2つの呼吸を組み合わせた技を考える内容にすればいい』…?
──それはいい考えだ!
すぐやろう!
でもその前に腹ごしらえをしたほうがいい。
そこのそば屋はどうかな?
実はそこでよく君を見かけるから、俺も気になってたんだ。
……うん!
じゃあ行こう!」
……という内容の夢漫画・もしくはこれそのものが夢小説になっていると考えてみると…
夢主の容姿や詳細な設定が予め定まっていなくとも、
・鬼殺隊に所属している
・女性である
・風の呼吸の使い手である
・そば屋によく行く
……という要素は確定することになります。
もっと深読みすると、
・昨晩、炭治郎と鬼を討伐した
・炭治郎が「手怖かった」と表現するほどの強さの鬼の討伐依頼が来る実力を持っている
・昨日、命がけの戦闘を経験した翌日に鍛錬を志すほどの根性のある人物である
・「鬼殺隊に男も女も関係ない」という発言が出るほど、信念の強い人物である
・炭治郎に「無茶をするから心配」と言われるほどには猪突猛進なタイプである
・そば屋によく行くということはそばが好きなのか?
……深読みすればまたこのようにその人物の個性が出てきてしまうことになる
どれほど夢主の情報を省いた作品であっても、やっぱある程度の「個性」というのはでてきてしまうものであって…
そんで、その「夢主の色」にどこまで染まっていけるか、どこまで自己投影できるかってのは読み手側に委ねるしかないわけです
「どこまで深読みするか」も読み手によって変わってきますしね
例えば読む人によっては
・自分が鬼殺隊になるのは無理でしょ
・風の呼吸の使い手って不死川と接点あるってこと…!?そんなん想像つかなさすぎ!
・偏差値3の私が戦術の組み合わせを考えるほどの頭脳派ですか…
・私そばアレルギーです
という障害が出てくるかもしれないです
読み手の「どこまで自己投影できるか」は創作者側がコントロールできる範疇にないんですよね
もちろん工夫はできると思います
今の例を夢漫画で表現するとしたら
・炭治郎の台詞は全カット
・吹き出しだけ置いておいて中身は空白にする
・炭治郎がこちらに笑いかけて何かしら喋っているだけにする
こんな感じに整えれば読み手の自己投影に大きく貢献しているのではないでしょうか それか漫画である必要もない イラストとしてあげればいい
ただやっぱり限界はあると思いますし、そもそも「書き手側が読み手側に自己投影的な読み方を望んでいるのか」という話になり……
加えて、読み手側が創作者の挑戦したい表現に制限をかける権利は基本的には無いわけで……
なので、この「書き手にとっての夢小説」と「読み手にとっての夢小説」ってどうしても埋まらないと思うんですよね…… 「書き手にとっての夢主」と「読み手にとっての夢主」もね
「書き手として自分の夢小説に書きたい、求めるもの」と「読み手として他人の夢小説で読みたいもの、求めるもの」は全く変わってくるということです
先日、X(旧:Twitter)でちょい話題になった際に「壁女子」という単語が上がりまして
どうやら「男女カップリングを見ていたい」「その際、メインとなるキャラクターに自己投影はしない」という楽しみ方をしている人たちのことをそのように呼称してほしい、「どうか『壁女子』浸透してくれないか」という内容があってですね
それでいくと私は「書き手としては夢女だが読み手としては壁女」ということになるのかもしれないです
おお 難しいネ 夢コンテンツ いろいろありすぎアル……
英単語に現在形とか過去分詞とか過去形とか未来形とかあるみたいだな
まあ、ただの趣味の延長戦で取り組んでいる娯楽にそこまでの配慮の必要性はさすがにさすがに感じないのでこれからも自身のことは「夢女」と呼ぶとは思いますが
『あいつら全員夢女子会』じゃ駄目か
ステンバイミー
自然体にシャイな夢語り
しようや アカンか?
ずっと夢女子でいいのに。しませんか
駄目か……
ほんまに夢小説の話なら一生できるな
もう遅いので今日はここまで!
夢小説の話はまた話そうと思います!
では!